読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Football soundtrack 1987-音楽とサッカーに想いを馳せる雑記‐

1987年生まれサッカー・音楽(ROCK)好きがサッカー・音楽・映画などについて思いを馳せる日記

【忘れたくない選手】ベッカムに想いを馳せて-スターの生き様-

ディヴィット・ベッカムに想いを馳せる

グティの事について書いた時に触れたが、サッカーがうまい奴は顔がイイってのが世の常だ。
 
 
グティの場合もそうだったけど、サッカーが上手いとんでもなくカッコいい奴。という印象。
でも今日これから触れる人のカッコよさ具合は、その範疇を超えていた。
 

f:id:idwcufds:20170112201737j:plain

逆に、ハリウッドのトップスターが凄くサッカーが上手いんだってよってくらいの風格のカッコよさ。
しかしそうならないのは、サッカー選手としてそのルックスから頷けるカッコよさを放っていたからに他ならない。
今回触れるのはデイヴィット・ベッカムその人である。
ピッチを超えた影響力をもった時代を代表するフットボールスターに想いを馳せる。
 

一大ニュースとなった引退劇

f:id:idwcufds:20170112202233j:plain

ベッカムが引退した時は、日本でも大きな騒ぎだったし、何よりも日本でのフィーバーを知っていた海外の人たちが日本人の反応を気にしているという感じだった。
当時すでにサッカー業界の端くれで仕事をしていたただの一般人の僕の元に、あのロイター通信からインタビューの依頼がきた。
編集された動画が送られてきたけど、海外のVTRっぽい本格的な作りにビビる。
本物だからそりゃそうなんだけど、全世界に流れたと思うとビビる出来事ではあった。
数々の選手の引退を見たけど、ここまで話題になるのはベッカム以外にはいなかった。
 
日韓ワールドカップでのフィーバーが記憶に新しいし、今でも韓流スターの来日みたいに空港におっかけが集まる熱狂ぶりも納得できる、空前の騒ぎのひな形だった。
どこか戸惑い気味にも、それをしっかりと受け止めるスターだったベッカムには、そこまでの天国から地獄へ落ちた経験からくる深みみたいなモノがすでにあった。
 

ベッカムのキャリアの天国と地獄

f:id:idwcufds:20170112203814j:plain

1975年生まれのベッカムは、母国イングランドでサッカー選手を夢見る少年として成長していく。
少年期から卓越したテクニックで全国区のサッカープレイヤーだったベッカムは、17歳の時いよいよ練習生契約でマンチェスター・ユナイテッドへと入団を果たす。
レンタル移籍なども経験し、マンU呼び戻された20歳の彼は、最初のボス・ファーガソン監督のもと、レギュラーに固定される事になる。
ファーガソンによる若手偏重の改革’ファーガソンの雛鳥達’と呼ばれたネビル兄弟やフィル兄弟、そしてスコールズやギグスとともに、一時代を築くことになるのだ。
10番を背負い次代のエースとして実績を重ね、キング・カントナの引退に伴い栄光の7番を引き継ぎ、王位も継承した。
端正で気品すら感じる顔立ちと美しいブロンドの髪をなびかせ、真っ赤なユニフォームを纏った新しい王子に、マンチェスターのみならずイングランドは未来を感じずにはいられなかった。
 

f:id:idwcufds:20170112203940j:plain

そして迎えた1998年フランスW杯。
ヤングイングランドの象徴として、オーウェンとともに大会を席巻する。
順調に勝ち進んだアルゼンチンとの大一番。
アルゼンチン屈指の闘士であり、名ボランチのシメオネの狡猾で激しいマークに、苦戦しフラストレーションをためたベッカム。
何回目かの強烈なファウルの後、ついに集中を乱したベッカムは、プレーが止まっている時に倒れたままシメオネを蹴って報復し、目の前にいた主審は悪質な報復行為としてレッドカードをベッカムに提示するほかなかった。
目を潤ませるベッカムが足早にピッチを去る。その光景はショッキングであったが、この退場をきっかけに敗退したイングランド国内で起こるベッカムへのバッシングは、異常なほど過熱を見せた。
 

f:id:idwcufds:20170112204015j:plain

愚か者のレッテルを貼られた24歳の若者に、容赦なく浴びせられるブーイングとバッシングに、ベッカムはイラつきやり返したりもしたが、その度に限度なく浴びせられる罵詈雑言はもはや暴力に近かった。
どん底に近い現状でもイングランド代表としてマンUの主役としてプレーを続けたベッカムは、次第に成長し平常心を手に入れ安定したパフォーマンスを見せ、イングランド代表の主将に任命される。
主将として迎えた2002年日韓ワールドカップ予選、自らのFKで劇的に出場権を勝ち取り、再び英雄の座に返り咲いたのだ。
王子としての甘さよりも、渋みを増した男の姿だった。
 
そのタイミングでの日本でのフィーバー。
W杯以降一年くらいはベッカムと言う言葉は、イケメンをほめたたえる神聖な言葉となった。
思えばイケメンもこの辺りから定着した言葉なんじゃないかと思う。
一歩歩けば黄色い声があがる異常な女子の熱気と、「あいつらサッカー知らないくせに」の男子の嫉妬が絡まる不思議列島と化した日本で、ベッカムは因縁のアルゼンチン戦を迎える。
シメオネとも握手を交わし、PKをしっかりと決める活躍を見せ、過去を払しょくする事に成功したのだった。
その後ブラジルに敗れ敗退するも、ベッカムはワールドクラスのスター・フットボールの顔として世界に認知されることになった。
 

スターの職人的プレー

 

f:id:idwcufds:20170112204424j:plain

昔のフットボールスターは、もう少し破天荒が許されていた様に感じる。
ジョージベストマラドーナや、ガスコインなど、ロックスターの様な振る舞いで世間を騒がせていたが、いつしかフットボーラーはより紳士となり、メディアはスターの振る舞いを監視する様になっていった。
ベッカムは、その風貌での注目度も高いことから重要参考人として常に報道が先行していた。
 
不倫がどうだ、とか。退場がわざとだ、とか。ファーガソンへの態度が悪い、とか。
スターの宿命として、数々の活躍と栄光と同じくらいの噂話が常にまとわりついていた。
払拭する程のプレーを見せても、インタビューで聞かれるのはファッションの事だったり。
素晴らしいプレーの秘密よりも、ベッキンガム宮殿の秘密の方が大きく取り上げられる。
フットボールスターの範疇を超えた振る舞いにも気を配る必要もあった。
それでもベッカムが偉大なフットボリスタだったのは、真摯に直向きにプレーし続けたに他ならない。
 

f:id:idwcufds:20170112204457j:plain

 

ピッチ上のベッカムから感じるのは、スターの華やかさはもちろんなのだが、それよりも熟練の職人の様な洗練され研磨された動きに目がいく。
そのキックは、技術面でも芸術面でも唯一無二で最高峰の結晶だった。
 
大鷲が獲物を捉えた時の様な、大きく腕を広げた誰にも真似できない独特のフォーム。
これがまたカッコいい
レーザーの様なストレートの高速フィードも、ボールに意思がある様な変化を見せるカーブをかけたクロスも、全く同じフォームから繰り出される。
職人の型のようでもあり、スターの自己演出の様でもある。
 

f:id:idwcufds:20170112204645j:plain

 
そしてその精度と、それによって初めて実現する高次元のアイディア
ボールの速度、軌道が自在なだけに、あらゆる場面でピンポイントに目標に到達できる。
座標さえ打ち込めば確実に到達する高精度のシステム、初めて見た人からすれば機械みたいだし、サッカーを知っている人からすればその職人的技巧の事実に惚れ惚れする。
 
引退間際になっても、その技術だけは彼を裏切らない。
ベテランになってからも、ビッグクラブが次々とローンを申し込んだのは、決してプロモーションだけの意味ではないはずだ。
おそらく今でもそのダイナミックなフォームが実現する半径1メートルのスペースと、鷹の目をもって狙いを定める1秒少しの時間があれば世界一のクロスを上げれるはず。そう思えてならないほど、特殊な技能だった。
 

f:id:idwcufds:20170112204829j:plain

 

ベッカムは近年で間違いなくNo.1の影響力を持つビッグなスターだった。
フットボールを越えコマーシャルな存在としても、最終的にフットボールへ帰結し多大な貢献をした事は、日本のフィーバーを見てもわかる。
巨大な力が蠢くフットボールの世界でもしっかりとスターとして自己演出しながら、その才能を遺憾なく発揮したプレー。
その両立こそ本当にベッカムが評価されるべき部分だ。
ちょっとしたスキャンダルが倍々になるスターの世界でボロボロになっても、右脚から繰り出す放物線は愚直なまでに美しいままだった。
ただただフットボールを楽しむわけにはいかなった。若い自分も周りもそうさせてくれなかったのだ。最後の涙はそれも詰まったものだ。
ディヴィット・ベッカム。カッコいい生き様だった。