エレガントでアンタッチャブルな2トップに想いを馳せる
まさに伝説を目撃しようとしているのに、その事の大きさに気づいていないってことは良くある事だ。
海の向こうだと尚更である。
僕にとってThe invinciblesアーセナルはそうやって誕生していた。
2003-2004シーズンのアーセナルは信じられないくらい強かったのだ。
日韓W杯の余韻を残す日本で、深夜毎週欧州リーグのダイジェストを頑張って起きて見て、たまに試合やってると眠い目こすって見ていた時代だ。
愛読書のワールドサッカーマガジンでも過熱気味に取り上げられていて、あれよあれよの間にリーグ戦無敗という記録を残した。
負けないなんて事がありえるのか?
海外リーグどこのファン?って聞かれてアーセナル!って答えるのがトレンドみたいなあの頃。
ベンゲルの退任で、1つの時代が終わるのは、率直に寂しい思いに包まれた。
オリバー・カーンのライバル・レーマンがゴールマウスを守り、コロ・トゥーレとキャンベルという盤石のCBに後ろを任せアシェリー・コールは颯爽とサイドを駆け上がる。
ジウベルト・シルバのユーティリティさとパトリック・ヴィエラの規格外さでピッチの中央を支配し、ピレスとユングベリという飛び抜けてセンス溢れる2人が自在にゴールを脅かす。
その前に位置する2人のFWは、この時世界で1番輝いていた。
ティエリ・アンリとデニス・ベルカンプ。
この2トップこそ、僕の心に鮮烈に残るインビジブルだった。
世界最高峰の選手の共演はビッククラブでは良くある事だが、無敗という伝説的な結果と共に、使い方使われ方の補完性もチームにおいてのバランスも当然個々の能力も、史上最も美しい佇まいだったのだ。
今日はアンリとベルカンプの2人に想いを馳せる。
素敵な暇つぶしになれば幸い。
2人の経歴
まずは彼らのプレーヤーとしての経歴を追っていく。これがかなり似ているのだ。
アンリの生まれは1977年、ベルカンプの生まれは1969年。
ベルカンプの方がサッカー界ではひと世代以上、年上といっていい。
育成の名門アヤックスユースであのクライフに見出されたベルカンプは、アヤックスでトップデビューを果たし、最もクリエイティブな若手プレーヤーとして3年連続得点王に輝くなど圧倒的に名を馳せた。
フランスの名門サッカー専門学院クレーヌフォンテーヌ出身のアンリも、自国フランスのモナコで10代からキャリアをスタートさせる。
ちなみにその頃のモナコの監督はベンゲルであり、この縁が後に両者とも強く感謝する事になる。
その後、キャリアアップとしてアンリ、ベルカンプ両者ともセリエAの舞台を選び失敗する事になる。
ベルカンプはインテルに加入したが、ヨーロッパカップ戦では無双するもリーグでは思うようにフィットせず苦渋の時間を過ごす。
アンリのユベントス時代もキャリア唯一の暗黒の時代として知られる通りである。
ベルカンプは2シーズン、アンリは1シーズン足らずでセリエAを去ったのだ。
ベルカンプがアーセナルに移籍したのは、1995年シーズン。
黎明期のプレミアでその能力を発揮し、ベンゲルが指揮を執る事になる前にエースの座を確保し、1996年就任のベンゲルとともにプレミア制覇を一足先に達成。
その後ベンゲルが最強チームに欠かせないピースとしてアンリにラブコールし、1999年シーズンから2人は揃ってプレーする事になる。
フィジカルで守備的だったチームを改革し、徐々にその陣容を整えつつあったアーセナルはベンゲルの元、魅惑的な攻撃サッカーへと変貌を遂げた。
その最前線を担う2人のFWは、そのチームにフィットするどころか象徴して君臨しベンゲルのチームは完成に至ったのだ。
こうしてみるとまるでベルカンプのキャリアをアンリが追っかけていったかの様な2人の経歴である。
セリエAの全盛のトップクラブにフィットせず、新たな時代を迎えつつあったイングランドで交わった2人のキャリアは、ここで最盛を迎えるといっていい。
抜群の相性よりも絶妙な距離感
現在でこそ知られるアーセナルのベースとなるパスサッカーほど、この当時のアーセナルのサッカーはポゼッションメインではなかった。
ボールを保持したらスムーズにゴール前へ運び、そのスピーディーな攻撃がこの時代のアーセナルの代名詞であったと思う。
アンリとベルカンプはそのフィニッシュに関わり続けた。
95年の加入以降、コンスタントに10点以上を重ねたベルカンプのゴール数は99年シーズンから一桁台になる。
アンリが加入したからだ。
15〜25点、時には30点を叩き出すアンリはゴールゲッターとして華々しく才能を開花させた。
ベルカンプはベテランらしく周りに影響力を与えるプレーで、ゴール前を支配した。
当然2人の間にコミュニケーションがあったとは思うのだが、暗黙の内に役割が分担されたかの様な、世界的に見ても稀有な能力の両立はとても美しかった。
どっちかって言うとメチャクチャ仲が良さそうには見えない。
リスペクトはあっても気遣ってるだろうなって印象を受けるこの2人。
エースで攻撃の核的な先輩と飛ぶ鳥を落とす勢いで世界が認めるFWになりつつある後輩。
キャリアも似ている2人のレジェンドの間は、隙間風は吹いて居ないが、べったりでもない絶妙な距離感があり、なんかその近づけないオーラが畏怖的でカッコ良さの根源でもあった。
時代の交わるプレースタイル
Thierry Henry ● Best Arsenal Goals With English Commentary
どちらもフィジカルなプレーが得意なFWではない。
当時最もフィジカルフィジカルしていたセリエAでフィットしなかった事でも明らかだ。
アンリはストライドの長さを活かした驚異のスピードとリーチの長さを活かしたしなやかなボールコントロール力、そして決まった必殺のパターンを持ち得点を荒稼ぎ出来るゴール感覚が魅力だった。
一方のベルカンプは、この頃ベテランの域に達していた事もあり、スピード感こそ無いものの、その経験を活かし巧に時間を操り空間を支配する技術があった。もちろんアンリにも並外れた技術はあったが、ベルカンプはまるで「その先」にある技術であるといっていい。
芸術なまでのボールのトラップ技術は、数々の不可能なアイディアを可能にする魔法だった。
最もプレッシャーの強いゴール前においてパワーよりもスピードよりも、技術でDFをねじ伏せる事ができるテクニック型の選手の粋を極めたプレーヤーがベルカンプというFWだった。
サッカー新人類のパーフェクトに近いFWだったアンリ、職人的で魔法的なファンタジスタタイプのFWのベルカンプの共演は、時代の変わり目の狭間に2つの潮流が混ざった2トップでもあった。
この奇跡的な2枚が揃った前線は、インビジブルという異様な結果をもたらす、歪で驚異的な力をもっていた。
実際の結果でもそうなんだが、この二人のコンビネーションが途轍もなく相性がいいとかそういう印象はあまり強くない。
アンリはアンリで独力で打開できる強さを発揮できたし、ベルカンプはその魔法を余すところなく見せつけた。
それぞれ独立した攻撃を見せていた。
ガナーズの名の通り、一つの巨大な砲台を一丸となって放つチームではなく、この2人を擁した事で、アンリのゴールという確かな砲台がありながら、それとは独立した別の砲台も備えている、多角的で目に見えない部分でもゴールを陥れられた。
異なったタイプのFWを備えるチームが同じチームに同時に2つ成立しているような感覚にさえ陥る。
フレンチコネクションのビエラ・ピレス・アンリのホットラインもあったし、ユングベリとベルカンプは近い位置でチャンスを作り出した。
もちろんそのホットラインがクロスする事もあり、時代を超越する様なゴールへの道筋が、それぞれの表情があったからこそ全てのファンを魅了する事にもなったのだ。
伝説を語り継ぐ
時代の変わり目だった。
ファンタジスタが姿を消し、アスリート的なフットボーラーが増え、セリエAが凋落し、スペインリーグが全盛を迎える中、プレミアが巨大化していく。
その狭間に揃ったこの二人は、時代に干渉されずに最大最高のタイミングで最強のチームを作り上げた。
歴史的に見ても、切り離されて考えられる様な特異点。
それを作り上げた最強のふたりは、不可侵の美しさと奇妙な雰囲気すらあったのだ。
今、一つの時代が終わろうとしているが、再びの栄光はあっても、この時代の様な伝説が訪れることはないはずだ。
それだけ特別な関係性であったのだと、そう思うのだ。
【Football soundtrack theme Thierry Daniel Henry】
Fountains Of Wayne ’Elevator Up’
【Football soundtrack theme Dennis Bergkamp】
Good Charlotte ’40 oz. Dream’