ニルヴァーナの問題作に想いを馳せる
Nirvanaが好きである。
Smells Like Teen SpiritもAbout A GirlもServe The ServantsもBlewもPollyもLithiumもAll Apologiesも。
洋楽のロックの道に入って誰もが序盤に見つける大きな分岐点にNirvanaはいると思う。
鈍色の空の下いわゆるアメリカの一本道の途中に、あの有名なスマイリーのマークでようこそ!と看板がかかっていて、でもその裏側をめくると真っ黒で血を流したスマイリーがいてここは終着点と書かれていそうな、ブラックユーモアなイメージが沸く。
有史以降ロックの歴史を振り返ってみても5本の指に入るくらい重要なバンドだし、影響力・カリスマ性はボーカル・カートの死後20年以上経った今でも増す一方だ。
隙あらば、何回カート・コバーンの死の真相が暴かれた事か。
でもそんなゴシップを読む暇があるならこのアルバムを聞いてくれ。
Nirvana 'Incesticide'
Nirvanaを好きという事はもれなく心はカート・コバーンに囚われているに等しい。
心がざわめく程カリスマ的でアンタッチャブルでアンビバレントでピュアな存在。
初めて知って言い様のないスリリングな好感に襲われ、好きになっていく事に比例して怖いほど彼を理解出来ない。
華と毒が驚くほどナチュラルに同在して、その焦がす様なヒリヒリとした美しさがカートの魅力なのだと思うのだ。
このアルバムは所謂Bサイド集である。
だが、ただのシークレットトラック集ではない何かが潜む問題作でもある。
狂ったピュアネスとシニカルな悪戯心が渦巻く衝撃的な一枚。
今回はこのアルバムに想いを馳せる。
素敵な暇つぶしになれば幸い。
Nirvana 'Incesticide'
カートが書いたおぞましく奇妙な絵がジャケットのこのアルバムは1992年リリースされた。インセスティサイドはカートの造語だ。
CDを売りたいレーベル側からすれば、天文学的な売れ方をしたネヴァーマインドの勢いのままに、次々と新作を出したい所だが、一向に動かないニルヴァーナに対し業を煮やして無理やり制作した未発表曲やシングルのBサイド曲やカバー曲のごちゃまぜのアルバム。
彼等がバンド人生で最も悩まされるセルアウト=売上を上げる方式で、これでもかけとけ、みたいな形で生み出された背景のある反骨的な一枚。
レーベルが恐ろしい程力を持っている時代、それがフラットな状態になる努力がされるきっかけはカートコバーンの死まで待つ事になる。
こんな背景で詰め込まれた15曲、これがまた毒々しい。
ライブでも演奏される人気曲もあるし、1st、2ndどちらのアルバムのエッセンスも感じ、Sonic YouthとかLed ZeppelinとかAerosmithとかカートが影響を受けたバンドも散りばめられた、Bサイドならではの多彩なベスト感は十二分にある。
誕生の経緯からしたら皮肉な事にむしろ飾り気なしに放り込まれてくる分、濃密な部分は従来よりも濃いし、ニルヴァーナの音から離れている部分ではより彼等のバックボーンが透けて見える様な、図らずしもファンにはたまらない魅力ある作品になっている。
それでもやはりNirvanaのディスコグラフィーで考えた時、最も異常な時期からこぼれたアルバムという事を、存分に意識させるアルバムでもある。
Hairspray Queenという曲がある。
クレイジーな程ユニークなベースラインから、一見メチャクチャでもカオティックに飛び散るギターが絡まり合って奇妙に映えるグランジサウンドになる。
そこに、カートの歌声?が重なる。
初めて聞いた時は、当然なんだこりゃってなるんだが、それと同時に少し怖くすら思う狂い方。
本当に狂っているのか、それともその振りなのか。
どちらとも考えられるし、どちらも正解なのかもしれないと、考え出すとグルグルこんがらがってくる。それすらもカートの思惑通りの様に。
このアルバムの為に作られた曲かどうかは諸説あるし、もしこれをデビュー前に作ってればそれはそれでもっとヤバい。
これは好きだとか嫌いだとか、理解の範疇を超えている曲だと思った。
ただカートらしいな、と素通りするには奇怪過ぎるし、じっくりこの曲の背景を考えても、せいぜいリリースを迫るレコード会社への腹いせか、身勝手な事を言う人々への想いが爆発したか位にしかならない。
ふと、自分が見えている色とその名前は、他人が見ている色とその名前と違うかもしれないっていう心理学の話を思い出した。
クオリアというらしいけど、自分が暖かい赤だと思ってる色が、他の人には青だと認識されているかもしれない。その人にとっては青は暖かい色になる。
全くの正反対だけど、この時カートの見えている世界もそうだったのかもしれないと考えてしまう。
この曲がNirvanaそのものではないが、その深層の一端が滲み出た音楽なのではないかというのは間違いはないと思う。
ひょっとしたらただふざけて作っただけなのかもしれないが、カートが見ていた世界を想像する。
それだけでまた彼らの魅力が深まっていくのが、すごくいいのだ。
Incesticide トラックレビュー
それでは気になるトラックレビューに入ります。
アングラ感はやはり強めで、パンク色の濃い曲が多い。
カートの敬愛するバンドのカヴァーやロックへの憧れが滲むトラックもあり、少しパーソナルな感触もあるアルバムだ。
トラックリスト
1.Dive
2.Silver
3.Stain
4.Been A Son
5.Turnaround(Devo cover)
6.Molly's Lips(The Vaselines cover)
7.Son Of A Gun(The Vaselines cover)
8.(New Wave) Polly
9.Beeswax
10.Downer
11.Mexican Seafood
12.Hairspray Queen
13.Aero Zeppelin
14.Big Long Now
15.Aneurysm
1.Dive
Nirvana ~ Dive (Lyrics)
気怠く重いグランジーなベースから、ノイズが漏れ広がる様な重いアンダーグラウンドなサウンドが、この妖しいアルバムの冒頭を飾るにはぴったり。
ライブでも度々演奏される準オリジナルなナンバーで、一曲目に持ってきたことからも彼らの記名性が高い事が伺える。
重く鈍い音に絡みつかれながら露悪的に叫ぶ重苦しい高揚感はNirvanaならではだ。
2.Been A Son
Nirvana - Been A Son (Live at Reading 1992)
爽やかですらあるアッパーなグランジロックナンバー。
一転して重みを取っ払って、ナチュラルにキャッチーに膨らむバンドサウンドは心地よく穏やか。
でもどこか空虚で、ライトな感触が逆にシニカルに響くNirvanaの切り口は重く画期的。
3.Turnaround(Devo cover)
Nirvana - Turnaround
アメリカのニューウェーヴバンド、デーヴォのカバーソング。
ニューウェーヴパンクっぽい混じりけのあるシンプルなラインの音に、ざらついたカートの声がアイコニックに映される。
どこかオートマティックな打ち込みの様な虚無性が中毒的な名カバー。
原曲はコチラ。
Devo - Turn Around
4.Son Of A Gun(The Vaselines cover)
Nirvana - Son Of A Gun
スコットランドのオルタナティブロックバンド、彼らが心から敬愛するヴァセリンズのカバー。
このカバーによりヴァセリンズの評価が高まるきっかけともなったらしい。
穏やかながら濃密な原曲の良さを、パンク的なアプローチで昇華した見事なカバー。
童謡の様にキャッチーで晴れやかなポップさが、広範囲に広がるグライムなサウンドに乗っかる、見通しのイイ良曲。
原曲はコチラ。
The Vaselines-Son Of a Gun
5.(New Wave) Polly
Nirvana - Polly (New Wave)
2nd'Nevermind'の傑作ミドルナンバー、Pollyのセルカバーバージョン。
より鮮明になった音の彩度は正にニューウェーヴの妙技。
もちろん名曲の良曲度はずば抜けているが奇妙な相性の良さを感じさせどこか心に残り続ける良い変換。
6.Aero Zeppelin
Nirvana - Aero Zeppelin
エアロスミスとレッドツェッペリンをもじった、不穏で粗暴な一曲。
妖しく暗闇を滑空するようなサウンドと、破壊的なドラミングにバラバラにされた様なギターメロディー、どこを切り取ってもダークな攻撃性に満ちてるエゲツなさ。
カートのボーカルの熱量も凄まじく、毒々しさの中に爽快さすらある。
ヘヴィなスモッグの様な重いサウンドの奥に、憧れのバンドへの羨望や疑問、自己嫌悪とか怒りが渦巻いている激しいエモーショナルの濃縮された一曲。
7.Aneurysm
Nirvana - Aneurysm (Live at Reading 1992)
スメルズのシングルのB面曲だった隠れた名曲。
ライブでもよく演奏する変幻自在のグランジナンバー。
轟くような音から、アクセルを加減しながら緩急をつけて襲ってくる、ささくれ立ったギザギザの音の塊に圧倒される快感。
コーラスの不穏さも、暗く重いメロディーも、轟音のサウンドも、カートの雄叫びも、最後の曲にしてニルヴァーナらしい一曲。
Beat Me Outta Meの連発はバカ格好いい。
ニルヴァーナらしいBサイド集
以上いかがでしたでしょうか?
好きだけど簡単には理解出来ない、究極的に厄介な魅力をもつニルヴァーナを、さらにごった煮にして詰め合わせにしたインセスティサイド。
辻褄を合わせる様に有るものを詰め込んで作られたこのアルバムは、だからこそナチュラルにルーツを感じられたり、ロックへの憧憬を感じられたり、異端な狂気を感じられたりする、逆にニルヴァーナらしいものになった。
是非知らない方・敬遠していた人も聞いてみて欲しい。
本日はここまで。
それではまた別の記事で。