Football soundtrack 1987-音楽とサッカーに想いを馳せる雑記‐

1987年生まれサッカー・音楽(ROCK)好きがサッカー・音楽・映画などについて思いを馳せる日記

【忘れたくない選手】デルピエロに想いを馳せて-ファンタジー世界の主人公‐

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漫画の主人公の様なプレーヤー、アレッサンドロ・デルピエロに想いを馳せて

地球上のサッカー少年はもれなくキャプテン翼を読んで大人になったと言っていい。

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この間40代のサッカーファンがキャプつばを知らないハタチそこそこサッカーファンを非国民扱いしていた。

世代の差はあるにせよ、長年のバイブル的なものなのだ。

それは世界中のサッカー選手にとってもバイブルであり、数々の世界的な有名選手が「俺も読んでた!」となると、日本人として少し誇らしくなる。

少しネタにすらされる必殺シュートの数々に少年の心は掴まれるのだ。

その翼の必殺シュートの中に、「フライング・ドライブシュート」というシュートがあるんだが、実写化するなら間違いなくゾーンからのデルピエロのシュートだと思った。

 

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漫画みたいな軌道でキーパーが一歩も動けずゴールを揺らす。

美しすぎるその姿は、漫画の主人公のそれだった。

当時のサッカーゲームでも相当曲がってた。

 

そのサッカー人生も、まるでフィクションの様に波乱万丈で、その荒波も漫画の主人公張りの技術と心の強さで乗り越えていった。

今回はそんなデルピエロに想いを馳せるレビュー。

 

イタリアに翻弄されたキャリア

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酸いも甘いも知った渋い人懐こい笑顔だ。

こうやって苦難を乗り越えた笑顔が人を惹きつけたサッカー人生だった。

 

1991年18歳でセリエBでプロキャリアをスタートさせたデルピエロは、20歳で彼のキャリアの象徴的クラブとなるユベントスに加入。

バロンドールを取り、キャリアの絶頂にいたバッジョの憧れの背中を負い、果敢に美しくプレーする若武者は、すぐにイタリアの新しいアイドルとなった。

ファンタジスタ全盛の時代、ゾーンからの美しいゴールを量産するデルピエロは、ACミランへ移籍したバッジョの後、10番を引き継ぎユーベのバンディエラとして歩み出した。

 

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そこからユベントスは、セリエAを幾度となく制し、欧州制覇も成し遂げるイタリア最強クラブであり続けた。

その主人公は間違いなくデルピエロであった。

トヨタカップでの技ありゴールや、ジダンやインザーギとの強力な3角形、膝の大けが後の得点王など、ユーベの歴史はデルピエロとともにあった。

そしてそのプレーもそうなのだが、それ以前に彼の人柄とか人間性が、正しさに満ち溢れていた。

イタリア代表で不調の時、次代のファンタジスタ、トッティにあっさりと10番を明け渡したり、イブラヒモビッチが移籍してきたときも控えに甘んじながら腐らずゴールを量産したりと、真摯で正直なその姿勢が最も彼の本質に近い。

ここまででも十分に主人公の経歴なのだが、イタリアは彼にさらなる苦難に貶める。

カルチョスキャンダルである。

 

カルチョスキャンダルと200ゴール

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セリエA全体を揺るがせたカルチョスキャンダルにより、主犯のモッジがオーナーだったユベントスは過去のスクデットを剥奪された上、セリエBへ転落するという最も重い罰則を背負う事になった。

選手は何も悪くない中、数々の主力が付き合いきれないと移籍する中、デルピエロはいち早くセリエBで闘い、セリエAにユベントスと共に戻る事を決意した。

彼に呼応した名手の残留もあり、セリエBを制する実力はキープしたものの、彼は更に鍛錬をつみ凄みを増すプレーを見せつける。

セリエBのチームもある意味お祭り騒ぎだった。

自分達のスタジアムに、デルピエロがネドベドがブッフォンが来る。

もはや歓迎ムードもある中、アウェイだろうがデルピエロはファンサービスを欠かさず、プレーでは怒涛の勢いでゴールを量産し、気持ちいいまでに粉砕された相手チームも賞賛を贈るしかないような、実現すること自体稀な’スターが2部に落ちた時’の模範的な姿勢を示した。

イタリア全土が彼を賞賛する中、セリエB得点王を獲得し一年でセリエAに復帰を果たした。

更に復帰初年度でいきなり得点王に輝き、2部と1部の連続得点王という、ある意味最も成し遂げづらい偉大な記録を達成したのだ。

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その模範的な姿勢に記録もついてくる。

ユベントスでの200ゴールを達成し、歴代の最多出場者であり最多得点者となる。

記録でも記憶でもファンの心に焼き付いたファンタジスタは、今はアンバサダーとして穏やかな選手生活の晩節を歩む。

世界のどの場所でも喝采を浴びる彼でなければできない仕事である。

 

ファンタジスタとして

 

デルピエロのデルピエロによる本家デルピエロゾーン集.wmv

上背もスピードもないが、得点の型を持ち、そこに持ち込む技術が卓越していた選手だった。

左45度からのゾーンに入ったときのファンの期待感と、DFの絶望感

同じようなゴールが多いという事は、それだけ必殺だったという事だ。

対峙するDFのタイミングを外し、巧みにコースを開け、美しい放物線でネットを揺らす妙技は、何度やっても止められなかったのだ。

 

時代もイタリアも彼に味方はしなかった。

ファンタジスタ全盛の時代でありながら、重なり合ったファンタジスタはすぐに排除される。

さらには守備戦術への移り変わりで、前線から全ての選手が守備を強いられる様になり、ファンタジスタそのものが住みづらい世界となった。
イタリアが産んだファンタジスタを活かしきれなかったのはイタリアであり、ただ皮肉にもイタリアだからこそここまでロマンチックなストーリーになったのだった。
 

ファンタジーの中の主人公

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愚直で素直なデルピエロだからこそ、激情的で芸術的なイタリアを、真っ直ぐと渡り歩けた。
ただの名手ではたどり着けない、人間性を兼ね備えている、名人物だった。
飛んだり跳ねたり宙返りするより、こういう正しい姿勢こそファンタジーの世界の主人公には必要だ。
教訓に満ちた人生でも彼は、常に優しい笑顔に満ちているのだ。
 

【Football soundtrack  theme Alessandro Del Piero

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